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橋本聖子のオリンピックメダル獲得数は?スケート時代の経歴を紹介!

森前会長のポストに橋本聖子さんが新会長に就任することになりました。

橋本聖子さんといえば、元スピードスケートの選手でオリンピックに7回出ているという実績の持ち主です。

若い方は、橋本聖子さんの輝けるスピードスケート選手時代を知らない方もいらっしゃるのではないでしょうか?

そこで、この記事では橋本聖子新会長のオリンピック時代の栄光を振り返るとともに、オリンピックメダルはいくつ獲得したのかまとめてみたいと思います。

橋本聖子のオリンピックメダルの数は??

橋本聖子さんが、過去7回の夏季冬季オリンピックに出場しました。

オリンピックメダル獲得数は1個でした!!

オリンピックメダルの数は1つでしたが、数々の実績を残されています。

その実績の数々を見てきましょう。

1.サラエボ冬季オリンピック出場

1984年、サラエボ冬季オリンピック出場。

当時スピードスケート女子全種目の4種目に出場しました。

いずれも8位以内の入賞には届きませんでした。

順位:500m11位、1000m12位、1500m15位、3000m19位。

2.カルガリー冬季オリンピック

1988年、カルガリー冬季オリンピック出場。

スピードスケート女子全種目の5種目に出場し、全ての種目で日本記録を更新し、さらに入賞を果たします。

順位:500m5位、1000m5位、1500m6位、3000m7位、5000m6位。

3.ソウル夏季オリンピック

1988年、ソウル夏季オリンピックに出場。

自転車の代表選手として出場しました。

日本人として男女を通して史上初めて冬・夏両方のオリンピックに出場しました。

世界オールラウンドスピードスケート選手権大会

1989年、世界オールラウンドスピードスケート選手権大会に出場。

500m優勝を含む日本人初の総合銀メダル

4.アルベールビル冬季オリンピック

1992年のアルベールビル冬季オリンピックに出場。

女子スピードスケート全5種目に出場します。

女子1500mで橋本は、序盤から中盤まで積極的に飛ばし続け、終盤ラップタイムが落ちたものの屋外リンク自己記録の2分6秒88をマークします。

結果3位入賞を果たし、日本人女性としては史上初となる冬季オリンピックで銅メダルを獲得する快挙を達成しました

順位:1000mは5位入賞。他500m12位、3000m12位、5000m9位。

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5.バルセロナオリンピック出場

1992年バルセロナオリンピック出場(自転車競技)。

順位:女子3000m個人追抜で11位。

6.リレハンメル冬季オリンピック出場

1994年、リレハンメル冬季オリンピック出場。

日本選手団の主将を務め、女子スピードスケートでは500mを除く4種目に出場。

特に3000mでは、600m付近で当時世界記録保持者のグンダ・ニーマンの転倒に巻き込まれ、橋本自らも転んでしまい左肘と左脇腹に打撲傷を負うハプニングがありました。

その後橋本の再レースが認められ、約1時間経過後の再レースでは当時の日本新記録となる6位入賞を果たしました。

5000mでも8位入賞を果たしました。

他順位:1500m9位、1000m21位。

7.アトランタオリンピック出場

1996年アトランタオリンピック出場(自転車競技)。

女子3000m個人追抜で12位。

女子2万4000mポイントレースで9位。

合計7回(冬季大会4回・夏季大会3回)のオリンピック出場は日本女子最多記録です。

橋本聖子さんのバイタリティーのすごさが感じられますね。

引退後の活動について

オリンピックで素晴らしい実績を残した橋本聖子さんの現役引退後は、どのような活動をされたのでしょう?

橋本聖子さんは、スケート個人の芸能マネジメント事務所(セイコ・ハシモト・インターナショナル(SHI))を設立し、代表取締役に就任します。

引退後、10年が経過するとスポーツ界や政治家として目覚ましい活躍をみせることになります。

2006年7月1日付けで日本スケート連盟会長に就任。また、日本オリンピアンズ協会の理事も務める。

2008年10月30日、麻生内閣発足に際して外務副大臣に就任したため日本スケート連盟会長職を休職しました。

これは国務大臣・副大臣・大臣政務官については「公益法人その他これに類する諸団体については、報酬のない名誉職等を除き、その役職員を兼職してはならない。」とする「国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範」の規定によるものです。

2009年9月16日、内閣総辞職に伴い外務副大臣を退任したため、日本スケート連盟会長職に復帰します。

2009年11月17日、日本オリンピック委員会理事に就任し、バンクーバー冬季五輪選手団長となります。

2012年、ロンドン夏季オリンピック選手団副団長。

2013年には、日本オリンピック委員会常務理事となり、女性として初めて、日本オリンピック委員会選手強化本部長を兼務。

2014年、ソチ冬季オリンピック選手団長となる。

2015年、リオ夏季オリンピック選手団長となる。

2017年、日本オリンピック委員会副会長に就任。

2009年12月21日、日本女子プロ野球機構名誉顧問に就任。

2010年、国会開会中ながらバンクーバーオリンピックに日本選手団の団長として参加。

女性として初めてオリンピック日本選手団団長となります。

スノーボード男子ハーフパイプ出場の國母和宏の服装問題で出場辞退の話が浮上した際には、団長として國母に開会式への出席辞退と謝罪会見をさせた上で競技には出場させるという裁定を下しました。

2012年12月には日本自転車競技連盟の会長に就任。2008年から東京都自転車競技連盟の会長に就任していました。

2012年より、日本ハンドボール協会顧問を務め、副会長に就任。

2012年に発覚した柔道全日本女子の園田隆二監督及びコーチらの女子柔道強化選手への暴力問題に関する、日本オリンピック委員会「緊急調査対策プロジェクト」メンバーを勤めます。

2013年1月、日本自転車競技連盟会長に就任。

2015年10月、全日本スキー連盟理事に就任。

2017年6月、日本ライフル射撃協会副会長に就任。

2017年7月、日本ホッケー協会副会長に就任。

たくさんのスポーツ連盟の理事や副会長に就任されていますね。

スケートや自転車競技だけでなく、スポーツ界において重要な立場にいることは間違いありません。

これだけのスポーツ競技に従事していたら、オリンピックでも新会長としての務めをしっかりと果たされるのではないでしょうか。

まとめ

橋本聖子さんは過去のオリンピックに、7回出場しており、オリンピックメダル獲得の数は1個でした。

メダルの数は1つですが、日本の記録を大きく塗り替える実績を誇っています。

オリンピック組織委員会の新会長としての活躍に期待します。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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